単純な言葉の置き換えでこうも印象は変わってしまうのか「50万円をキャッシング」と「50万円を借金」実質的な内容は全く同じなのだが前者には何やらカジュアルな気軽さを感じてしまう。

気軽にキャッシングとはいうが気軽に借金とは言わないだろう。

このキャッシングというネーミングと、カードによる非対面式借入方法の二つが我々に日々の生活において、金を借りるということのハードルを低くしたことは確かである。

悪いことだとは思わない、私も何度か利用したが本当に便利でありがたいシステムである。

後3日で給料日だが急な出費が必要になった、そんなとき知人に借りて迷惑をかけたり気まずい思いをするより、機械にカードを突っ込んでボタンを押すほうを選んでしまうのも人情であろう。

だが便利で気軽だが借金には変わりないのだということを忘れると、たいして困っていないときでも「あ、これ欲しいけど金ないや、じゃあキャッシングしよう」という安易な行動に結びつくのは明らかである。

金がなければ本来我慢するか、稼ぐかしかないのにあたかも自分の銀行口座から引き落とすような感覚で金を借りる。貸す側が悪いか借りる側が悪いかなんて言っても無意味、どうしても安易な方法を選んでしまうのは人間の性であるのだから、借りる側にすれば、いつかは返す金である、今自分の手にあるのは確かだがこれは人様から一時預かっているものなのだと肝に命じることが必要である。

借りる前に本当に返すことができるのかちゃんと考えなくてはならない。